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ドイツ旅日記

7/29

 飛行機は非常口のすぐ横の席で、ここは足をのばせるのはいいのだが、上空に上がるとかなり寒くなる。眠いのに眠れなくて苦労する。隣の席は気さくな感じの女の子だったので道中楽しかった。

 ドイツに着くと時差ボケで早々にダウンする。夜でも明るくてびっくり。

7/30

 ライン下りをしたのだが、わりと長い区間を乗ったので途中で飽きてしまった。城はたくさんあるが、さして変わりばえしない。山肌や畑しか見られないところも多い。エーレンベルク要塞からの眺めは、なかなかである。

 夜は車中泊だが、クシェット(簡易寝台)がとれずコンパートメントで寝なければならなかった。途中1等券を持たない人が何人も入ってきたが(持っていない割には非常に図々しい振る舞いをする人もいた)、検札に来た車掌に皆追い払われて、最終的には私達2人だけになった。コンパートメントは明るいし、うるさいのでほとんど眠れない。

7/31〜8/8までは北欧へ移動

8/9

 ストックホルムからベルリンへは列車で向かったが(列車ごと船に乗って東独側へ運ばれる)、途中二回もパスポート・チェックがあり、おまけに懐中電灯をもった係官が寝台の座席の下まで調べていった。さすが東ドイツと関心(?)。船のレストランで紅茶を飲んだが、まるで麦茶のような味だった。砂糖がなかなかとけず苦労する。Friedrichstrasse駅には軍人らしき人が何人か見張っていて、ロープなんかも張ってあって『東だなぁ』という感慨を受ける。ここからZoo駅に入る前の検査に随分と時間がかかった。

8/10

 疲れた。最初に戦勝記念塔に登ったのが敗因だ。戦勝記念って、なんの戦勝?と思われる方も多いだろう。私もそう思った。第一次大戦も第二次大戦も、ドイツは負けているのだし。これはもっと前の普仏戦争の時のものだそうだ。で、この塔は徒歩で登るしかない。階段は285段あるそうだ。ヒーヒー言いながら、階段を下りてくると膝が笑っていた。

 次はReichstagへ行く。旧国会議事堂だが、この時は中がドイツ史の博物館になっていた(1997年5月に行ったときは、大がかりな改修工事中だった)。入場無料で解説テープや、パンフレットも無料で用意されていた。たいしたものである。

 ベルリンの壁沿いを歩き、ブランデンブルク門、ポツダムPlatz、チェックポイント・チャーリーを見て回る。ベルリンの壁沿いで最も印象深かったのは、路面電車の線路が壁でみごとに断ち切られている所だった。いきなり壁ができるまでは、この線路の上を電車が走っていたのである。分断された街を視覚として最も強烈に印象づけられた。

 ブランデングルク門は、ベルリンの壁が壊されたときニュースに出ていたので御記憶の方も多いと思うが、あの上の像は東ベルリン側を向いていて、像の正面を見たかったら東ベルリンへ渡らなければならない。観光客が東ベルリンへ渡るには、チェックポイント・チャーリー検問所を通過する。ここで30分以上待たされた。観光客が随分行列しているのだ。この時点で東独はかなり軟化していて、(ガイドブックでは必要とされていた)外貨・西側の出版物をもっているかの申告も必要なかった。25DMの強制両替をすませ、やっと東ベルリンへ入る。ちなみに、東独のお札は西独のそれの二回りも小さく、コインもアルミでできていて軽く、「子供銀行」のお金のようだなと思った。

 東独には、ドイツと戦って戦死したソ連兵をまつる霊廟がある。その前でソ連兵が警備しているのだが、たくさんの観光客がカメラを向けるものだから兵士がにやけている。ソ連兵も人の子だわね。(注:現在はソ連兵いません)

 ペルガモン博物館に行く。ここはすごい。入るとすぐ巨大な神殿が鎮座しているのにも驚くが、行けども行けども終わらない展示物にもビックリ。戦勝記念塔で疲れていなければゆっくり見て回りたかったが、「もうダメ」というくらい疲れてしまったので駆け足で見て回る。また来てじっくり見ようと決心した。(今年 '97, 5 行きました!)帰る途中で、ホテルのレストランに入る。7.5マルクもしたのに100%ではないジュースが出てきたので怒りました。100%どころか、フレッシュジュースがでてきてもいいような値段なのです。東独マルクと西独マルクの交換レートは1:1なので、この強制両替で東独はだいぶ儲けていることだろう。(言うまでもないことだが、実勢レートは西独マルクの方がだいぶ高いのだ。)

 ウンター・デン・リンデンをずっと歩いてブランデングルク門の正面を見ようという計画だったが、とても歩けそうもない。みなさん、一日の始めに戦勝記念塔に登るのはやめましょう!

 それにしても、東ベルリンは排気ガスがひどい。肺癌になる確率はさぞ高かろう。走っている車から吐き出される排ガスが真っ黒で、もうベルリン中の空気が汚い。顔を拭いたら黒いだろうな、と考えた。

 夜のKaiser-Wilhelm教会は、ライトがつき、中のステンドクラスの色が外に透けて恐いくらいにきれいだ。

8/11

 朝早く着いた割には、実りのない一日だった(夜行で7:10にハイデルベルクに着いた)。回り方を間違えた。まず、一つ目のハイデルベルク城で、時間をくってしまう。時間ごとにガイド付きで見学しなければならないためだ。その後、Karl-Theodor橋を渡り、哲学の道を歩く。これが失敗の元。他の見学場所はわりと閉館の時間が早いのだ。おかげで、外を見るだけとなってしまった。そちらを見てから哲学の道を歩けば良かった。道をあるくだけだったら、時間制限はないのだから。哲学の道は山の上のほうにあるので、かなり坂を登らなければならない。

 夜はハイデルベルク城で「アルトハイデルベルク」を見た。あいにくの雨模様で、野外劇場だったので大変だった。室内ホールもあったのだが、王子が本物の馬車を使って登場するシーンがあるため、野外を使いたかったようだ。雨がひどくなり2回ほど中断したが、なんとか最後まで上演できた。女性はドレスを着ていたので、強い雨のなかドレスが重そうだ。オーケストラはUSAの大学オケらしいが、劇をやっている人たちのことがよくわからない。英語劇だったので、やはりUSAの大学演劇部か?

8/12

 午前中にハイデルベルクからヴュルツブルクへ移動し、駅前のホテルに飛び込む。久しぶりに離れたベッドなので嬉しい。ヨーロッパのホテルは「ツイン」といって予約しても実際はダブルだったり、ベッドのマットレスは2つに分かれているけどベッド自体は1つだったりと不便なことが多い。

 まずDomを見に行く。Domはどこのもすごい。はやりキリスト教の力は大したものだ。次の宮殿も大司教が作らせたというもので、たいそう豪華だ。戦争で破壊されたものを修復した部たくさんある。鏡の間の鏡は昔は一枚鏡だったが、もうその技術がわからなくなっていて継ぎ目がある。Marienburg要塞は丘の上で、昨日から階段を登ってばかりいる。やっと着いたら中に入れず、くたびれ損である。

 夕方は洗濯をして終わってしまった。

8/13

 旅を始めて大体2週間がすぎたが、さすがに疲れがたまってきた。ひたすら眠かった一日。せっかくヨーロッパ・バス(ロマンチック街道を走るバスである)に乗っているのに寝てばかりで、まったく風景を楽しむ余裕がない。普段ならちょっと寝ると眠気がさめるはずだが、まったくダメだ。今日の宿泊地ローテンブルクはさすがにきれいな町だが、そこまでの町もなかなか美しかった。

 ローテンブルクに着いてすぐ宿をとる。今日は地球の歩き方にのっていた民宿にした。1階がレストランで、2階が宿である。町を見に出かけるが、何を見ていても眠くて仕方がない。早々に宿に帰り一眠りすることにする。見たなかで面白かったのは、中世犯罪博物館である。結構恐いものも展示してある(むかしの拷問道具とか)。

8/14

 昨日眠ってしまって見られなかったところを回る。ローテンブルクは城塞都市で、町は城壁に囲まれている。城塞都市のなかでも最も城壁の保存状態が良い所だ。小さい所なので、すべて徒歩でみて回れる。ちょっとのぞいていただきたいのが、クリスマス商品だけを扱っている店だ。店中がクリスマスに包まれていて、大層楽しい。ローテンブルクは観光客ズレしていて良くないという前評判だったが、とてもきれいな町で私は好きだ。人気のある所は、人気のある理由があるものである。

 午後はヨーロッパ・バスでミュンヘンへ向かう。がんばって途中起きていたのに、見えるのは畑ばっかり。どうやらロマンチック街道は途中は眠っていても差し支えないようだ。各都市は見所があるが、間はただの畑なのだ。今日からしばらくはミュンヘンを拠点にしてあちこちを見て回ることにする。宿はInter City Hotel(ミュンヘン駅に接している)にしたが、チェックインするとき料金を前払いさせられてしまった。うさんくさそうに見えたのかしら?綿パンにリュックはまずかったようだ。しかし、個人旅行にスカートはふさわしくない。いろいろ見て歩く中には、かなり急な階段を登ったりしなければならない場所があるなど、スカートは不便なのだ。汚れるから、きれいな格好もしにくい。第一、良い服はねらってくれと言っているようなものだ。でもリュックは失敗だった。私は肩凝りなので、重いリュックはつらいものがある。まだボストンバックにしたほうがましであった。

 夜は大都会に食べに行く。予約を入れていなかったので、待たされた挙げ句に料理も急いで作りましたという出され方でむっとした。それくらいなら断られた方がいい。大都会というのはキッコーマンがやっている日本料理店(値段は高いです)で、ベルリンでも予約無しで入ったのだが、ベルリンと比べるとミュンヘン店は店も狭いし店員の数も少ないので、予約していないと苦しいようだ。それでも断らないというところが日本の店らしい。

8/15

 今日も非常に暑かった。いくら湿気がなくても気温が30℃を超すと、やっぱり暑く感じるんだなぁ、と実感。

 午前中はSchleiβheimとLustheimに行く。ツアーで行くつもりだったが、土曜しか催行していないとわかったので、自分達で行くことにした。

 午後はさまよえる子羊と別行動で、私はツアーに参加してNymphenburgを見に行くことにした。ガイドが結構年輩の人で(はっきり言っておばあちゃん。ドイツの定年はいったい幾つ?)、まったく声が通らない。「もっと大きな声で話して」と言おうかとも思ったが、どう見ても大きい声が出そうもないのだ。現地ツアーは本当にガイド次第だ。母国語を聞くわけではないので、訛りが強かったりすると何を言っているのかよくわからなくて、いらいらする。

 夕飯を食べに行けば、随分待たされたあげく、鳥肉を使ったシューマイを出されて絶句する。シューマイの具に鳥肉というのは未だかつて経験したことがない。(鳥肉は大嫌いなのだ。苦手な食べ物は幾つかあるが、まったく食べられないのは鳥肉だけである。)とにかくついていない日であった。

8/16

 今日も快晴で暑かった。ツアーでフュッセンの方へ行く。まずLinderhofへ行くが、ここは鏡の間がすばらしい。LinderhofはLutwig IIが存命中に完成した唯一の城で、かなり華やかな造りだ。(写真で見るとけばけばしい感じだが、実物はそうでもない。)

 Oberammergauを経由して、Neuswanstein城へと向かう。城は小高いところに建っていて、その麓にバスが止められ、自由に見学する。下の町から城まで上がるのにはバスを使う。5分くらいでつく。ところが、これから先が行列しなければならないのだ(ドイツの城はガイド付きでないと入れないところが多い。ガイドというのはツアーガイドではなく、その城専属のガイドで、見学者がある程度集まると城の中の説明をして歩く人のこと)。ちょうど日本の団体ツアーが入っていたので、一緒にしてもらえた。解説はテープを流しているだけだが、いったい何度使ったの?というような伸びきったテープで、日本語なのによくわからない。これでは英語かドイツ語のテープを聞いた方のが、まだましではないかと思われる。団体ツアーの人たちは、「周りのものに触るな」という注意にもかかわらず触りまくっている。一緒にいて恥ずかしいよ。(その後あちこちに旅して気づいたが、日本人観光客は展示品をよく触るのだ。触る前に、触ってもいいかを自分に問いかけて欲しい。皆が触ったらすぐだめになってしまうって、どうして考えられないのだろうか(汚れるとか、すり切れるとか)。

 今日のガイドさんはとても分かりやすい。唯一の心残りは、ヴィース教会を見られなかったことだ。

8/17

 午前中に念願のDachau強制収容所へ行く。住居部分は当時のものがそのまま残されているわけではなく、復元されている。一部はMuseumになっており、一人の青年が老人になるまでの4枚の写真を見たときには泣けそうだった。外を見るあきらめきったような眼差し。しかし、よく考えると強制収容所の設置されていた期間というのはそれほど長い期間ではない。彼は老人になったのではなく、収容所の生活で老人のような風貌に変えられてしまったのだ。4枚の写真はそれほど長い期間をおいて撮られたのではないだろう。

 敷地内には、死体焼却炉やガス室(ただしガス室として使用されたことはな い)も残されている。教会は、後で建てられたものだろう。これらがすべて無料で公開されている。

 午後はさまよえる子羊の体調が良くないので、一人でミュンヘン市内をぷらぷら見て回る。着るものにも困ってきたので、買おうと思ったがしゃれた服がない。

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