= サンタ・マリア・デル・カルミネ教会 =

サンタ・マリア・デル・カルミネ教会サンタ・マリア・デル・カルミネ教会のファサード。教会は1771年の火災で一部を除いて焼け落ち、18世紀に再建されています。焼け残ったものの中にブランカッチ礼拝堂がありました。ここが無事だったのは奇跡のよう。だってこの教会が有名なのはひとえにこの礼拝堂の壁画のおかげなのですから。

サンタ・マリア・デル・カルミネ教会サンタ・マリア・デル・カルミネ教会

【左】サンタ・マリア・デル・カルミネ教会身廊、【右】主祭壇

サンタ・マリア・デル・カルミネ教会サンタ・マリア・デル・カルミネ教会

【左】中央のドーム、【右】教会のどの位置にあるのか忘れてしまいました。

コルシーニ礼拝堂コルシーニ礼拝堂

バロック様式のコルシーニ礼拝堂。ブランカッチ礼拝堂のちょうど逆側にあります。

= ブランカッチ礼拝堂 =

教会回廊この礼拝堂は入口が教会とは別になっていて、教会の右手にある入口から回廊(左の写真)を通って中に入ります。

ブランカッチ礼拝堂という名前を知らなくても、「楽園追放」という絵を教科書でご覧になった方も多いと思います。これを描いたのはマザッチョ(マサッチオと書く場合もあり)。初期ルネサンスでフィレンツェの画家に大きな影響を与えることになった若き画家でした。(20代で夭折します。あまりに才能があったのでねたまれて謀殺されたって説まであったりして)

ブランカッチ礼拝堂

ブランカッチ礼拝堂。ここはそのマザッチョと師にあたるマゾリーノ、そして彼らが完成できなかった部分を後にフィリピーノ・リッピが描いています。マゾリーノはルネサンスというよりそれ以前の作風の画家で、マザッチョとは共同制作者という立場だったと言う人もいます。

マザッチョの「楽園追放」マザッチョの「楽園追放」

マザッチョの「楽園追放」。それまでの形式的で平べったい中世の絵画から、生々しい人間の表情を描いた画期的な作品として他の画家にも大きな影響を与えました。

マザッチョの「貢の銭」

マザッチョの「貢の銭」。イエスが「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」と言ったエピソードです。

マゾリーノの「アダムとイヴの誘惑」フィリピーノ・リッピ

【左】マゾリーノの「アダムとイヴの誘惑」。【右】フィリピーノ・リッピの描いた部分。やっぱりお父さんのフィリッポ・リッピの絵に似てますね。ちなみにボッティチェリはフィリッポ・リッピの弟子で、フィリピーノはボッティチェリの弟子でした。ボッティチェリの初期の作品にはフィリッポによく似たものがあって、名前を見ないと「え、リッピ?」と思うことがよくあります。

ブランカッチ礼拝堂全体像 ブランカッチ礼拝堂右側 ブランカッチ礼拝堂中央 ブランカッチ礼拝堂左側

左・中央・右、それぞれクリックしていただくと大きな画像がご覧いただけます。右の画面の下側「ペテロの殉教」はフィリピーノ・リッピ作です。


メディチ・リッカルディ宮→

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