Lunatic Cafe
そうだヨルダンに行こう!

4日目:12/30(月)Part 2

ワディラムを走る

ワディラムのワディは谷、ラムは村の名前だ。砂漠と岸壁の間を車で走るのが人気の場所だ。

ワディラムワディラム
(左)灰色の雲が低くたれ込めているスタートポイント。青空が覗いているのはこの方角だけで、後はどんより灰色だった。(右)車が走り始めた。お客さんが乗るのは荷台。荷台から後方を写した。

荷台はガタガタと激しく揺れ、シャッタースピードをかせげる一眼を持ってきて良かったと思った。お客さんは私を入れて3人で、後の2人はイタリアから来たカップルだった。彼らもキャノンとニコンの一眼を持っていた。撮りまくる私たち。

ワディラムワディラム
(左)砂岩でできた岸壁の間を走っていく。砂岩なので風でどんどん削られていくらしい。(右)トルコのカッパドキアを思い出すような形に削られた岩。今にも雨が降りそうな空模様だ。
ワディラムワディラム
(左)古い文字と絵が残された岸壁。足元が危ない斜面を上るので、ここに来るには運動靴が必須だ。(右)岸壁の下方に、まるでOKマークを作っている手のように見える岩があった。
ワディラムワディラム
(左)下に私たちの車が見える。(右)風紋が出来ている砂漠。

ドライブ中にとうとう雨が振り出した。しばらく荷台で頑張っていたんだけど、雨脚がひどくなったので荷台から車中に避難。砂漠で雨なんて不運な私たち。

ワディラムワディラム
(左)T.E.ロレンス(アラビアのロレンス)にちなんで「七つの知恵の柱」と名付けられた岸壁。(右)アラビアのロレンスが住んでいたという洞穴。かなり奥深くまで穴が続いているという。
ワディラムワディラム
(左)岸壁近くの地面を見ると、赤や緑や黄色などの砂になっているのが分かる。(右)まるで橋のようになっている岩場。ドライバーとイタリア人(男性)が上に上っていった。私とイタリア人(女性)は下で写真を撮った。
ワディラムワディラム
(左)しばらくして日本の団体がやって来て、岩場を上り始めた。(右)私たちは場所を移して一服することに。
たき火たき火
(左) 集めた草でたき火を作るドライバーさん。(右)お茶を沸かした後にパンを焼いた。
ワディラム

雨は途中で止んだけど、イタリア人カップルはこの後ワディラムのキャンプで夜を明かすので、キャンプの中が暖かいのか心配していた。
ジープのドライバーには10米ドルくらいのチップが適当らしいが、米ドルの持ち合わせがない私は10JD(米ドルの1.5倍なんだよ〜)を渡した。ヨルダンに行くときは、米ドルの紙幣をなるべく種類たくさん持っていきましょう

死ぬかも

ワディラムでジープ走行の後は、アミン(仮名)の車に乗ってペトラに向かった。一旦上がった雨がまたポツリポツリと降り出す。今日の夜はペトラ・バイナイトといって、普段は日没までしかいられないペトラに夜入れる日。

しかし日中と違って夜は歩くしかない。キャンドルの中を片道1時間。ってことは往復2時間だ。雨降っている中を2時間は厳しいので、キャンセルすることにした。ペトラで降っているか分からないけど、キャンセルするなら5時までって言われたので。この理屈がよく分かんなかったんだよね。だって私はもうお金を払っているので、行こうがキャンセルしようが自由だと思うんだけど。ちなみにペトラ・バイナイトは、チケットだけでガイドはつかないのだ。

ペトラへの道は、霧が立ちこめいた。雪に変わったらしい。最初は前をトラックが走っていて、ただついていけばよかったんだけど、やがてトラックはどこかに行ってしまった。先頭になってしまった私たちの車。霧のせいで、道路はちょっと先しか見えない。っていうか、どこまでが自分の走っている車線でどこからが対向車線なのかもわからないくらい。
サイドミラーに後続車がいるのが見えた。いいなぁ、彼らはただついていけばいいだけ。

ヨルダンの道は街灯がほとんどない。街灯があるのは、町で歩行者に注意が必要な場所だけ。それ以外には街灯がない。ますます道が見えづらい。疲れて眠気がさしていたけど、このまま寝てしまったら起きたときにはあの世かも?、と思うと寝るわけにもいかない。

道は一瞬見えやすくなっても、またすぐに霧で見えなくなる。
マジで死ぬかもしれない。
普通に走ったら2時間半の道のりだが、視界があまりにも悪い。アミンに休憩した方がいいんじゃない?と言ったけど、そもそも休憩できるような場所がないらしい。

ペトラ到着

神経をすり減らしながらのドライブで、ようやくペトラに到着した。どうやら生きながらえたらしい。

ペトラでは、遺跡に一番近いペトラ・ゲストハウスというホテルに泊まることになっていたのだが、チェックインしたときに「部屋が遠いので、今夕食を取っては?」と言われハテナ? どんだけ広いホテルなわけ?

ペトラ・ゲストハウスの夕食
フロントのすぐ横にあるレストランは、日本人の団体客であふれていた。

食事の後に、ポーターとフロントマンが車に荷物を積んで送ってくれた。部屋って車で行くような場所にあったのだ。そこはホテルが所有しているアパートのような感じの場所。すでに真っ暗になっているので、ホテルとフラットがどれくらい離れているのか、そして位置関係もわからない。フロントマンが「明日シャトルバスを寄こすけど、何時がいい?」と言い、8時に遺跡に行くガイドと会うことになっていると答えたら、7時に迎えが来ることになった。
でも、本当に来るのか〜? メモも取らずに覚えていられるのか〜

ペトラ・ゲストハウスのアパート
ホテルからは離れたところにあるフラットに滞在することになった。ヒーターが暑すぎて干上がりそうになった。

そして、フロントと直通で話せるモバイルを貸してくれるって話だったけど、とうとうモバイルはやってこなかった。


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